山形地方裁判所 昭和24年(行)8号 判決
原告 三光合資会社
被告 山形県知事
(被告補助参加人) 国
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は、山形県最上郡舟形村三光堰(水路敷地たる土地を含む)について、昭和二十四年二月十日なした買收計画認可取消処分の取消をせよ、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求原因として陳述した事実の要旨は次のとおりである。
山形県最上郡舟形村にある三光堰は、その水路敷地たる土地と共に原告の所有なるところ、被告は、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三十条による三光堰(水路敷地たる土地を含む、以下同様)買收計画を昭和二十二年十二月一日認可し、原告は、昭和二十三年五月十日被告より三光堰に関する買收令書の交付を受けたのである。然るに、翌二十四年二月十日に至つて、被告は、右認可による買收処分を取消し、その旨内容証明郵便を以て原告に通知し來つたのである。およそ、行政行爲の職権による取消しは、当該行政廳の自由裁量によつてなし得るものではなく、法律上その取消しを正当ならしめる特別の理由ある場合にのみなし得る。本件において、被告がなした三光堰買收処分の取消処分を正当ならしめる理由は何等ないのに、被告が前記のとおり一方的に之を取消したことは違法である。かつ又、この様な取消しは、その結果として、原告の権利利益に重大なる侵害を与えるものである。即ち、原告会社は、三光堰買收処分によつて、参加人国から金二百四万余円の支払を受ける権利と利益とを得たのであるから、被告のなした右取消処分によつて、原告会社はこの権利の侵害を受け、又原告会社は、右買收対価を不服として、山形地方裁判所鶴岡支部に買收対価増額請求の訴(同廳昭和二十三年(ワ)第一一号)を提起し、多額の請求をしているので、右取消処分の結果右請求全額の損害を蒙るのである。よつて、原告会社は請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるために、本訴請求に及んだ次第であると述べ、なお、被告の主張に対し、原告会社が訴外堀卯三郎等によつて開田事業を主たる事業として明治四十三年に創立されたこと、原告会社が舟形村地区内の地主と被告主張のような開田契約をなしたことはいずれも認めるが、その他の事実は全部否認する。被告は舟形村耕地整理組合が恰も組合の実質を具備しているかのように主張するが、同組合は大正元年十月山形県知事の認可を得て成立したものの、耕地整理組合法所定の組合総会も開かず、役職員も有名無実であり、未だかつて組合員から組合費も賦課徴收したことなく、同組合に要する経費、事業資金等はすべて原告会社に依存してをり、その設立当初から組合の実質を備えない單なる名目的存在にすぎない。從つて、同組合の名目でおこなわれた事業は悉く原告会社の事業であつて、三光堰が原告会社の所有であることは爭う余地がない程明白である。又以上の事実によつて同組合と原告会社の関係をみるときは、結局組合員一人となつて組合が解散した場合と同様であるから、耕地整理組合法第五十九条に準じて取扱はるべきで、同組合の事業は一切の権利義務と共に原告会社に移転すべきもので、同組合の所有は原告会社の所有と同意義に解すべきである。更に、開田契約は原告会社と地主個人の契約であるのみならず、組合員百三十名中開田契約をなしたものは僅かに十八名にすぎないし、しかも原告会社は右契約上の義務を完全に履行しているにも拘らず、右地主等はその責務を大部分履行せず、原告会社が無償讓渡を受けた開田は僅かに十二町歩であつて、三光堰の総工事費用の千分の五にすぎないものである。原告会社はこの様な僅少な対価を以て三光堰の所有権を喪失するいわれはないのである。元來三光堰とはその水路敷地たる土地と墮道、水路橋、暗渠、開渠等用水路工作物の総称であり、水路敷地たる土地百十一筆三町八反六畝二十歩は全部原告会社の所有であるのみならず、右工作物はすべて前記のとおり原告会社がその責任と費用とを以て構築したものであるから原告会社の所有である。又被告は三光堰買收手続上の違法について種々主張しているが、それ等はいずれも被告の内部関係に属することであつて原告の関知するところではないが、山形県知事及び山形県農地委員会長である村山道雄が昭和二十二年十二月一日三光堰買收計画を認可した以上、三光堰買收手続はすべて適法におこなわれたというべきであると陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として陳述した事実の要旨は次のとおりである。
原告主張のように、昭和二十二年十二月一日被告が三光堰買收計画を認可し、翌二十三年五月十日その買收令書を原告に交付したこと、及び昭和二十四年二月十日被告が右三光堰買收処分を取消す旨原告に通知したこと、並に三光堰工作物の水路敷地たる土地の一部が公簿上原告の所有名義になつていることはいずれも認めるが、その他の原告主張事実は全部否認する。本件三光堰買收計画樹立当時山形県農地委員会の未墾地買收計画事務を総括指導していた元山形県開拓課長荒木友三が原告会社代表者小林鉄太郎と交友関係があつたので、同課長が右小林の買收方懇請を容れ、山形県農地委員会の事務局に対し早急に処理するよう指示したため、本件買收処分は愼重を欠き、次にのべるような形式的にも実質的にも重大な違法を包藏していて無効な処分であつたので、その無効を宣言する意味において、取消の通知をなしたものである。
第一形式的違法
(一)開拓委員会(後に開拓審議会と改称)に諮問していない。
本件三光堰買收計画は自創法第三十一条による未墾地買收計画であるが、昭和二十三年十月五日改正前の自創法施行規則第十四条によれば、都道府県農地委員会が自創法第三十一条第一項に規定する未墾地買收計画を定めるには、当該未墾地買收計画につき都道府県開拓委員会に諮問しなければならない旨定めてあり、この規定は未墾地買收計画が公正におこなわれることを担保するための強行規定である。然るに山形県農地委員会は三光堰買收計画を樹立するに当つて、山形県開拓委員会に諮問していないから、三光堰買收計画は右強行法規に違反する無効のものである。
(二)山形県農地委員会における買收計画議決の無効。
県農地委員会が買收計画を定めるには必ず同委員会議に附議しその議決を経なければならないのに、山形県農地委員会は三光堰買收計画を定めるについて、同委員会議の議決を経ることなく、昭和二十二年十一月三十日同委員会長の買收許可申請によつて翌十二月一日被告が之を認可したのであるから、之に基く買收処分は無効である。尤も、山形県農地委員会は、被告が右認可処分をなした後に同月二十六日の会議において、その議決をしているが議決を欠いた無効な認可が爾後における議決によつて有効となる理由はない。
(三)法定の公告縱覽手続を経ていない。
県農地委員会が自創法第三十条による買收計画を定めたときは、遅滯なく所定の公告縱覽手続をおこない、然る後に県知事に対し買收計画の認可申請をしなければならないにも拘らず、山形県農地委員会は、昭和二十二年十一月三十日山形県知事に対して三光堰買收計画認可申請をしたのに、その後昭和二十三年一月十日に至つて始めて右公告縱覽手続をなしたものであるから、前記昭和二十二年十二月一日の山形県知事の三光堰買收計画認可前においては、右買收計画に対する公告縱覽手続を欠く結果となり、買收の有効要件を欠く無効の買收処分といわなければならない。
第二実質的違法
本件買收対象物である三光堰工作物は原告会社の所有ではない。三光堰は古い沿革と複雜な組織の下に構築されたものであるが、被告は前記のとおり早急に認可処分をしたため、本件買收の対象たる三光堰工作物が訴外舟形村耕地整理組合の所有であるのに原告会社の所有と誤認したのである。よつてその沿革をたづねるに原告会社の元代表者堀卯三郎は舟形村内に開田可能地のあることに着眼し、明治四十三年三月四日附「自費用水工事施行願」を山形県知事に提出し、その許可指令を得たが、許可期間内に着工しなかつたため失効となり、その後同人は原告会社を設立し、その使用人たる訴外丸山淑人をして、関係地主等と共に耕地整理組合設立運動を起さしめ、遂に大正元年十月三十日山形県知事の設立認可を得て、原告会社をも組合の一員とする舟形村耕地整理組合が設立され、その事業設計書に基き工事が開始されたのである。而して、その設計書に本件三光堰の用水路工事も包含されてをり、その工事は同年十二月十日着手され、用水路工事は大正十一年八月までに完成し、更に昭和十年大改修工事を施行して水路橋、暗渠等は全部現況のとおり「コンクリート」造に改造したのである。以上のとおり本件用水路工作物は訴外舟形村耕地整理組合の構築所有するものであることは明白であるが、右用水路工作物は右組合設立前原告会社を創立した訴外堀卯三郎が計画したこと、右用水路の名称として本工事につき卒先協力した原告会社の頭文字を取つて三光堰と呼称したこと及び後記の開田契約に基き原告会社が本工事の費用一切を立替支出したこと等によつて、恰も本件三光堰工作物は原告会社の所有であるかのように、誤認されたのである。この「開田契約」なるものは明治四十三年三月二十八日原告会社と用水地区内地主との間の「原告会社が用水工事費を支出しその代償として地主が原告会社に成田地の十分の五を無償讓渡する」旨の契約であるが、この開田契約は、前記耕地整理組合設立後においても、右開田契約の当事者たる原告会社も地主も共に同組合員であるところから、同組合内に移行され、組合規約によつて組合員の支出すべき組合費はすべて原告会社が立替支出して本件三光堰用水路工事が施行されたものである。尤も、耕地整理組合が、組合事業を施行するに当り、特定の一組合員が組合費全部又は一部を多額に負担し、その代償として、換地処分をする際に多く配分を受けることは農林大臣の内訓により禁止されていたので、前記組合の規約にはこの立替支出者である原告会社に対する土地配分方法を規定しないで、原告会社から組合員の一人である当時の舟形村村長山口三郎に対し「最上郡舟形村耕地整理組合の費用一切は原告会社において立替支弁して事業を遂行し、原告会社以外の組合員は明治四十三年三月二十八日の開田契約を存続履行し、成功の節はその土地の一部を原告会社に提供することによつて、立替られた各組合員の債務は免れる」との覚書を手交したのである。この覚書によつても原告会社は單に同組合の事業として本件用水堰工事をおこなつなものであることが明かである。又仮に本件工作物の水路敷地たる土地が原告会社の所有であるとしても、本件水路敷地の延長一五九五五米中原告会社所有の敷地はその四分の一程度であるから、原告会社は民法第二百四十二条によつても本件工作物の所有権を取得し得るものではない。なお、本件買收処分は、水路敷地としての土地及びその附属物としての工作物の二つにその対象を定め、その買收令書は土地の分を「山形(に)第五六〇号」工作物の分を「山形(に)第五六一号」と区分して発行し、原告会社に交付したので、恰も別個各独立した行政処分の観を呈しているが、用水路の買收計画は工作物の買收計画と別個に樹立されたものではなく、前者は後者に附属して一体をなすものとして一つの買收計画によるものである。
以上いずれの点からするも原告の本訴請求は失当であると陳述した。(立証省略)
三、理 由
被告は、昭和二十二年十二月一日山形県最上郡舟形村にある三光堰の買收計画を認可し、次いで、昭和二十三年五月十日原告に対し三光堰買收令書を交付したこと、及び昭和二十四年二月十日右認可を取消して三光堰買收処分を取消すに至つたこと並に三光堰水路敷地たる土地の一部が公簿上原告の所有名義になつていることはいずれも当事者間に爭のないところである。よつて、三光堰買收処分取消の当否につき審按する。
およそ、行政行爲が一旦なされた以上、行政廳自らも亦之に拘束されるものであつて、原則として、当該行政廳はその自由裁量によつて自らなした行政行爲を無条件に取消し得るものではないから、行政廳が行政行爲を職権によつて取消した場合は、行政廳はその取消の正当なる理由を主張立証すべき訴訟上の責任を負う。本件における爭点は三光堰買收処分をなした被告が、職権によつて之を取消したことの当否にあるので、まず、三光堰工作物が原告会社の所有でないにも拘らず、被告は之を原告会社の所有と誤認して右工作物と一体をなす原告所有名義の水路敷地たる土地をも併せて本件三光堰買收処分をなしたもので、この買收処分は当然無効である旨の被告の主張事実につき判断する。
証人伊藤直生同奧山与一郎(第一回)同渡辺忠五郎の各証言及び成立に爭のない乙第五号証の一及び二同第六号証乃至十四号証同第十六号証の一乃至九同第十七号証同第十八号証の一乃至三同第十九号証同第二十号証同第二十一号証の一乃至四同第二十二号証の一乃至三丙第三号証同第四号証の一乃至八並に証人奧山与一郎(第二回)同奧山千代治の各証言によつてその成立を認め得る乙第二十五号証の三を綜合すると、次の事実が認められる。
原告会社は山形県最上郡舟形村の開田可能地に用水堰を構築して小国川より同地に揚水せんと企図したが、この水路敷地に当る土地には数多の国有地公有地がある関係上、原告会社が独力でこの企図を遂げることは不可能であつたため、耕地整理組合法による耕地整理組合を設立してこの企図を実現せんと考え、その代理人訴外丸山淑人をして舟形村地主等を説かしめた結果、同訴外人等の申請により大正元年十月三十日舟形村耕地整理組合が設立され、原告会社自らもその組合員となつたのである。而して、同組合設立前原告会社が独力で用水堰構築を企てた当時、原告会社は舟形村内地主と所謂開田契約を結び、原告会社がその費用を以て用水堰を構築する代償として、地主等から開田地の十分の五(公有地においては十分の七)を原告会社は無償で讓り受ける旨を定めていた事情から、同組合の右工事施行に当つても、原告会社は各組合員との間に、用水堰構築工事に要する資金資材等は国庫による補助金を除き、各組合員の出費によることなく、一切原告会社が立替支弁し、各組合員等は前記の割合でそれぞれ原告に開田地を無償讓渡することによつて、原告会社が立替支弁した組合費の弁済にあてる旨定めた上、原告会社は右組合設立後直ちに工事に着手し、その完成までの間において、耕地整理組合法に準拠する手続によつて数多の国有地を耕地整理地区に編入し、或は国庫補助金を受ける等の方法により大正十年八月三光堰は完成し原告会社はその間に、前記契約に基き各組合員から順次開田地の相当部分の無償讓渡を受けたのであるが、三光堰完成後は、その補修或は災害等による復旧工事等はすべて原告以外の右組合員の手によつてなされているものであることが認められる。
右認定事実によれば、舟形村耕地整理組合は、三光堰の企画者であり、かつ、その工事施行の資力をもつていた原告会社をして右工事を施行せしめたにすぎないものであつて、三光堰は、同組合が耕地整理組合法に從い同法の保護の下に完成したものといわなければならない。そうだとすれば、原告会社が本件三光堰工作物につき所有権を有しないことは明白である。
舟形村耕地整理組合は單なる名目的存在であつて、何等の実質を具備しないものである旨の原告の主張については、原告の全立証を以てするも之を認め難いところである。又仮りに、原告主張のように、地主等が大部分前記開田契約に基く成田の無償讓渡を履行していないとしても、このことは地主等の債務不履行の問題となるは格別、三光堰の所有権が原告会社に属する根拠とはならない。
よつて、被告が、眞実の所有者でない原告に対してなした本件三光堰工作物買收処分は法律上実現不能であつて当然無効であることは明白であり、又その水路敷地たる土地は三光堰工作物と表裏一体をなすものであるから、その他の点につき判断するまでもなく、三光堰買收処分の無効を確認宣言するためになした被告の本件取消処分は正当な理由があるので、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 猪瀬一郎 山本五郎 田村秀策)